スティーブ・ジョブス逝く
今日の昼休み、誰かがスティーブ・ジョブスが亡くなったと叫んだ。
うそだ!
それが私の最初の言葉だった。
ぐっと涙をこらえた。
Lisa(リサ)が浮かんだ。
昭和58年からの気になる人を失った悲しみ。
息子のブログを見た。
しばらく涙が止まらなかった−と。
君も悲しいか。
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うそだ!
それが私の最初の言葉だった。
ぐっと涙をこらえた。
Lisa(リサ)が浮かんだ。
昭和58年からの気になる人を失った悲しみ。
息子のブログを見た。
しばらく涙が止まらなかった−と。
君も悲しいか。
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コメント (0)栗の毬(いが)が落ちていた。
秋になって熟れた栗の実と違って、若々しく緑々して清々しい。
なんだか無性に愛おしくなり写真におさめてみた。
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コメント (0)先日、息子が日刊工業新聞に写真入りで大きく掲載された。
親としてとてもうれしく思った。
旧約聖書 箴言17にこうある。
孫は老人の冠である、
子は父の栄えである。
まさにそのとおりだー親馬鹿とは思うが心からそう思った。
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コメント (0)《触り三百》という言葉を知った。
iPhoneの大辞林によるとこうだ。
触っただけで三百文の損になる意。ちょっと関係したばかりに損をすることのたとえ。
「是ぞ世にいふ━なるべし/浮世草子・胸算用」
自分にとっては結構意味のある箴言かも知れない。
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コメント (0)通勤時に歩きながらipfoneで論語を聞いている。
素読と読み下しのリズムが心地よい。
今朝、為政第二のところで、あの有名なフレーズが読み上げられた。
子曰(子曰はく)
吾十有五而志于学(吾十有五にして学に志し)
三十而立(三十にして立つ)
四十而不惑(四十にして惑はず)
五十而知天命(五十にして天命を知る)
六十而耳順(六十にして耳順ひ)
なるほど。
五十歳で天命を知った。
六十歳で人の言うことを逆らわないで聴けるようになった―か。
私も間もなく63歳になるが、その境地になっているのだろうか。
そんなことを考えたとき、耳に次のフレーズが飛び込んできた。
七十而従心所欲不踰矩(七十にして心の欲する所に従ひて矩を踰えず)
ああ、まだまだ上があったんだ。
まだ自分にも頑張れる余地があるんだ!
まだまだ人間として成長してゆく目標があるんだ!
何だか、10歳も若返った気がした。
何だか、とても嬉しくなった。
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コメント (0)先日家内がゴーヤの苗を植えた。
毎日水をやって大切に育てている。
ぐんぐん伸びて、たくさんの花をつけるようになった。
ところが実らしきものが見当たらない。
はてーと易を執ってみた。
沢地萃の六二
二陽四陰の卦。
よくよくみると四陰の花の間に、二陽のゴーヤの実が。
3日ほど前、家内から小さなゴーヤの実を二つ見つけたとの報告。
やれやれ。
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コメント (0)MacBook Proには、マウスがついていない。
iPhoneのように、複数の指を使い分ける「マルチタッチジェスチャ」方式だ。
昨日までのダイナブックは、マウスでの操作だ。
マウスは、食事で言えば「箸」で食べるようなもの。
マルチタッチは、指でカレーライスを食べるようなもの。
いったいこの操作は、1本指だったか、2本指だったか、3本指だったか。
MacOSライオンになると、4本指も加わるとか。
おいしい料理を前に、食べ方でつまずいている。
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コメント (0)ダイヤモンド社の『自分ごとだと人は動く』を読んでいたら、「人間とはタグの集合である」というフレーズにぶつかった。
最近、エバーノートにこっているので意味はすぐ飲み込めた。
平成2年頃だったと思うが、ある評論家の講演を聞いたことがある。
テーマは失念してしまったが、とても印象に残った言葉がある。
昔は十人一色だった。
今は、十人十色だと言われる。
しかし、本当は、一人十色だ。
「人間とはタグの集合である」と「一人十色」は、表現こそ違え心は同じかも知れない。
そんなことを思った。
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コメント (0)昨日の7月15日、念願のMacが稼働開始。
MacBookPro。
今週の10日にMacが届き、昨日15日にMac通の息子に立ち上げてもらった。
Macとの初めての出会いは今から27年前。
東芝のPASOPIA16でBASICを使って、うんうん言いながら簡単なビジネスプログラムを自作していた頃。
1983年にアップルコンピュータがLisa(リサ)を発売した。
会議室にでんとすえられたLisa。
今から思えば当たり前のことだが、マウスというものがくるくる動いてディレクトリの領域がパッと広がったことに仰天した。
2回目の出会いは、22年前。
Macショップでのデモ。
RISC(縮小命令セットコンピュータ)を積んだPower Macintosh。
複雑な画像の素早い動きに目を見張った。
あのマルセル・プルーストのマドレーヌのように、20数年前の思い出がこみ上げてくる。
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